交響曲第8番ハ短調
![]() |
こんなもんに感動するようではアカン |
昔レーザーディスクでもっとりまして、最初は敬虔でドラマチックな演奏やな、と気に入って居りました。しかし、この有名曲はウィーンフィルやベルリンフィルで、大御所がどんどん吹き込んでいきましたから、聴き較べてみるとなんかなあ、本盤は確かにところどころ鳥肌が立つような箇所が確かにあった(たとえば第一楽章で新たな主題が提示される辺りとか、終楽章のトゥッティとか)んやが、そこだけ取って付けたような感動のような気がしてきました。ジュリーニ先生がウィーンフィルの名人芸を生かし切って1985年に吹き込まれたCDのような壮大な構築美、巨大な自然や宇宙的なスケール感を感じるには程遠く、うわべの技術のうまさや形式的な美旋律を楽しむ演奏だと思います
![]() |
ただ音楽のために |
ここには、ひたむきに音楽に仕えるものがいる。ウイーンフィルの奏者たち、そしてカラヤン。
いつもにもまして緊張の面持ちの指揮者とオーケストラ。ほぼ2ヶ月前のザルツブルグ(ベルリンフィルとのミサソレムニス)でのカラヤンの表情とはまるで違う。むしろ硬く険しい表情。1楽章のはじめからひたすら音楽に没入している。3楽章のクライマックスから、4楽章のコーダまで、実に息の長い盛り上がり。ウイーンフィルも必死の演奏だ。
同じ場所で、同じオケ・同じ曲での、20年後のブーレーズの録音録画とは、さまざまな点で異なる。カラヤンの演奏はあくまで熱い演奏。そして曲に対する敬虔な想いが伝わって来る演奏だ。
つまらない音楽評論家のご託なんて忘れて、素直に聴いてみなさいっ。カラヤンは、ただ音楽のために、
音楽に献身的な指揮者であったと最近しみじみ思う。


